新潟から宇宙へ。発酵の力で未来を切り開く『新潟の発酵を科学する』イベントレポート
日本酒や味噌、醤油など、古くから発酵に関するものを生み出してきた新潟県長岡市。発酵をテーマに事業を運営してきたFARM8は、2023年12月1日、長岡ミライエで「新潟の発酵を科学する」をテーマにトークイベントを開催しました。当日は、ユーグレナ共同創業者の鈴木健吾さん、宇宙キャスターの榎本麗美さん、FERMENT8代表取締役の長井隆さんを迎え、パネルディスカッションを行いました。
イベント概要
・日時:2023年12月1日 18:30〜20:30
・会場:米百俵プレイス ミライエ長岡「ミライエステップ」
・テーマ:新潟の発酵を科学する
新潟の豊かな自然が育んだ醸造微生物の可能性を探るトークイベント。前半はユーグレナの共同創業者である鈴木健吾氏から現代社会において発酵が果たす役割、新潟県における発酵の可能性についてお話しいただき、後半はその内容をもとにパネルディスカッションを行いました。
登壇者
・ユーグレナ共同創業者 鈴木健吾
・宇宙キャスター 榎本麗美(えのもと れみ)
・株式会社FERMENT8代表取締役 長井隆
モデレーター
・株式会社FARM8代表取締役 樺沢敦
地球環境の限界。環境問題を食で解決
鈴木「今日は発酵が果たす役割について話したいと思いますが、その前に“プラネタリーバウンダリー”と“ブルーゾーン”について触れたいと思います。プラネタリー・バウンダリーとは、人間が安全に生きるための環境的な活動範囲とその限界を示す概念です。この考え方には、地球上の環境における9つの重要なプロセスが含まれており、それぞれに安全な範囲を示す限界値が設定されています。これらの限界値を人間活動が超えると、地球の環境に取り返しのつかない変化が急速に生じる可能性があるとされています。例えば、生物多様性の喪失は遺伝子の減少につながり、元に戻らない事態を引き起こす可能性があります。私は、これらの問題を“食”を通じて解決できる側面があるのではないかと考えています。」
「続いてお話しするのが、ブルーゾーンについて。世界には長生きする人が多い地域が存在します。この5大地域はブルーゾーンといわれ、さまざまな研究が行われてきました。世界100歳長寿者に学ぶ9つのルールの中には、午後5時までの少量の飲酒は健康にいいというルールも含まれています。これは、適量のお酒がストレス緩和に役立つ可能性があることを示唆しています。FARM8として、こうした分野での貢献が可能だと考えています。」
ヘルスケア分野における発酵の役割
「では、地球の健康を考える上で発酵はどんな点で役立つのでしょうか。発酵の過程で生まれる副産物利用は環境負荷を軽減する可能性があります。まず、環境面では、使われずに捨てられるものを高付加価値な食品や飼料に活用することで環境負荷の軽減を実現。栄養素を見てみても、エルゴチオネインやポリアミンはいくつかの慢性疾患から身を守ってくれる可能性があります。他にも、乳酸発酵などを用いることで、対象となる食品の保存期間が長くなるので、相対的に長期に食料を保存して、食品の利用における歩留まりを向上させて、相対的な食の安定供給が可能となるのではないかと考えています」
「最近注目されている栄養素のひとつが、エルゴチオネインです。発酵がヘルスケア分野で果たす役割として期待できるものなので、この単語はぜひ覚えていってください。前にJAXAの宇宙の無重力下で飼育したマウスの肝臓を筑波大学とユーグレナ社が解析したのですが、無重力状態にいたネズミのほうが明らかに硫黄化合物が減少していました。その中で最も減少が見られた物質がエルゴチオネインです。一般的に、人などの生命体に宇宙放射線に当たると歳をとることと同じような酸化を受ける現象が起こるのですが、エルゴチオネインがあることで健康を維持するように酸化を防止する動きが生まれます。エルゴチオネインは私たちの身体でも効果が期待されている栄養素なのです。」
もうひとつ、エルゴチオネインの次に来るのではないかと考えているのが、アグマチンです。血流量を増やす神経伝達物質であり、アメリカでは筋トレの補助食品としても流通しています。このアグマチンが入っている食品が酒粕です。これからは酒粕の微生物についても研究を進めたいと思っています。」
発酵に関する研究開発の可能性
「新潟県、特に長岡市では、古くから発酵食品が親しまれてきました。これらを活用した商品を世界に広めることができればと考えています。現在、ロジスティクスやインターネットが整備されているため、私の専門である微生物の研究を活かし、情報発信を通じて全国、そして世界に伝えることが可能だと思います。例えば、私はインドネシアのガジャマダ大学の客員教授も兼任しているのですが、日本の技術を用いたインドネシアでの発酵食品の開発や、インドネシアで独自に活用されている発酵技術を日本で解析するなともしていきたいと考えています。インドネシアも日本と並ぶ発酵食品大国といわれています。」
「微生物は宇宙産業でも注目されています。2040年には月面に1000人が住む計画がありますが、地球から必要な資源を送り続けるのは現実的ではありません。ミドリムシを使って酵素とタンパク質を中心とした栄養素に変えたり、微生物を使って宇宙空間でも野菜を栽培したりすることで、生活環境が大きく改善される可能性があります。いつか月面で日本酒やビールを作ることができたら面白いなと個人的には考えています。」
宇宙と発酵の交差点
樺沢「ありがとうございます。非常に深い話が多くありましたね。ゲストの方々も交えて、もう少し詳しく掘り下げてみたいと思います。榎本さん、宇宙と発酵についての話がありましたが、どのような関連があるのか教えていただけますか?」
榎本「現在、2025年に再び人類を月に降りたたせようというNASA主導の「アルテミス計画」という「プロジェクトが始まっています。その後、月にあるといわれている水を電気分解してロケット燃料にし、さらに火星へ向かう計画もあります。このように宇宙開発が進み、宇宙ビジネスも加速しています。日本の伝統食がどのように結びつくかというと、宇宙食としての関連性です。宇宙飛行士の皆さんには日本食が大変人気で、外国の方々にも好まれています。つまり、2040年以降に月に1000人が定住する際も日本食は人気になる可能性が高い。宇宙での生活では生活の質を高めることが重要で、その点で日本、特に長岡の食文化が大きく貢献できると思います。」
樺沢「それはワクワクしますね。FARM8を立ち上げた当初は、新潟県民や全国の人々に新潟の発酵文化をもっと知ってもらいたいと思っていましたが、鈴木さんと会って世界を目指すようになって、今度は宇宙。可能性がどんどん広がっていきますね」
新潟の微生物に秘められた可能性
樺沢「では、今の話に関連して、なぜ新潟県は醸造文化がこれほどまでに発展したのでしょうか。長井さん、その成り立ちと理由について教えていただけますか?」
長井「まず、成り立ちについてお話しさせていただくと、新潟には港があるのでいろいろな食料がたどり着く場所だったというのがひとつ、もう一つは米がたくさんとれる場所だったということですね。昔は簡単に長距離を移動できなかったので、その地でお米の生産調整をしなければいけませんでした。たくさんお米ができたときはお酒をつくって調整する。そんな経緯で酒造が増えていったのではと推測されています」
樺沢「あと、酒呑が多いのも理由のひとつかなと私は思ってまして。新潟はとにかく雪が降る。雪かきをするときは隣の家の分もやって、ありがとねと一杯飲むみたいな。助け合いの文化が酒呑を増やしたんじゃないかなと思っています。で、もうひとつ日本の発酵についても議論したいのですが、日本は昔から糠漬けとか目に見えない微生物を使って食材を長持ちさせたり、美味しくしたりしてきたと思うんですね。一方で欧米は穀物は家畜に食べさせてその肉を食べて栄養を取ろうとする文化なのかなと。その動物性と植物性の栄養素の違いが健康の違いにつながっているんじゃないかなと思うのですが、どう思いますか?」
鈴木「日本人が長寿だということに対して因果関係を考えたときに発酵食品やキノコをたくさん食べているからと考えられのではないでしょうか。先ほどのエルゴチオネインやアグマチンが他の国に対して多く取れていることが長寿に繋がっていると仮説があってこれから検証していきたいと思っています。新潟にはいろいろな環境が残っているので、多様な微生物も残っていますよね。こうした微生物を調べていったり、掛け合わせていくことでもっと面白いことができるんじゃないかなと思っています」
樺沢「昔の人は微生物と発酵の関係はわからなくとも、なぜか美味しいものができたと感いていたと思うのですが、そこを科学することで実は微生物のメッカだったということも起こるかもしれないですよね。今日ゲストのみなさんと摂田屋(長岡市)をまわっていたときに星野本店の奥さんがサーモンに麹を塗るだけで保存がよくなると話してくれたのですが、そういう人たちがすごく深い話を持っている。ただ、そういう話は表に出てこないんですよね。酒粕もそうで、先ほどのアグマチンとか多くの成分を持っているけど、認知されていない。もっとメディアの方と一緒に伝えていってもいいはずなんですよね」
樺沢「酒粕も元を辿れば米から生まれたものですが、新潟にはとにかく田園がたくさんある。新潟の地域資源は田園だと思っているんです。新潟の田園から生まれたものが東京や世界、そして宇宙までいったら夢が広がるなと。こうして鈴木さんとも榎本さんとも繋がりを持てたわけですし、ここにいるみなさんの力を借りながら、新潟の発酵を広げられたら何よりですね」
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