AutoX3が日本市場に進出、自動車修理工場などの作業効率をAIで向上 保険業界でも活用見込む
シンガポールに本社を置くスタートアップ企業で、自動車の販売・修理に関するデジタル技術を提供する「AutoX3」が日本市場に進出する。人工知能(AI)による画像解析で自動車の不具合を予測したり、車両の状態を3Dモデル画像でオーナーに分かりやすく伝えたりするソフトウエアについて、日本で受注活動に入った。自動車メーカー、販売店、修理工場を潜在顧客と位置付け、2024年末までに販売実績をつくる意向だ。
AutoX3の共同創業者である黎鋭煒(Derek Li)・最高経営責任者(CEO)が36Kr Japanのインタビューで経営方針を語った。黎氏は米国の大学・大学院などでIT(情報技術)と金融を学び、出身地である中国でブロックチェーン(分散型台帳)技術に基づく暗号資産(仮想通貨)のスタートアップを創業した。ところが、中国当局は17年に自国内における暗号資産の取引を禁止。黎氏は事業の将来性に限界を感じ、知人の誘いで同年、自動車修理工場の共同創業者に転進した。
この修理工場はメルセデス・ベンツやBMWなどドイツ車を専門に取り扱っていた。ドイツメーカーのガソリン車は燃費を高めるため、ターボチャージャー(過給機)を搭載している例が多い。過給機は構造が複雑なため、黎氏は3D画像を使い、自動車オーナーに故障箇所などを視覚的に伝えるソフトを開発した。その後もITへの知見や消費者の声を生かしてソフトを進化させ、20年初めにこれを主力事業とするAutoX3を創業した。
当初は北京に本社を置いていたが、事業の国際化を加速するため今年1月、シンガポールに会社登記を移した。現時点の株主は黎氏のほか、個人投資家が大半を占めている。社員は研究開発部門の約30人を中心に50数人を擁している。
黎氏はAutoX3を創業した背景に、自動車の修理を巡る3つの課題があると語った。一つ目は自動車オーナーが修理工場を選択する基準だ。黎氏は中国の自動車販売業界のアンケート調査をもとに、修理工場は「技術の専門性が高いこと」「透明性が高く信用できること」の2点を通じ、顧客体験を高めるべきだと指摘した。オーナーの多くが専門性の低い修理に高い料金を払わされていると感じ、不満を抱いているとの見立てだ。
二つ目は修理工場の整備士の給料が世界的に高騰しているうえ、離職率が高いことだ。このため、修理工場は「整備士のスキルに過度に依存する体質を改める必要がある」(黎氏)のだという。三つ目は新車が登録されてからの経過年数である車齢が世界的に長くなっていることだ。黎氏は「車齢が長くなれば当然、故障などの問題が増える。修理工場にとっては商機が増えることを意味する」と解説した。
AutoX3が提供する「AI-Empowered Vehicle Health Check」はこれら3つの課題を解決するソフトだという。整備士らがスマートフォンで撮影した故障車の画像データなどをAI技術で分析し、自動車オーナーへの説明や修理作業の効率向上に使えるデータを導き出すのが基本的な仕組みだ。クラウド経由でソフトウエアを提供するSaaS(サース)方式で提供している。
一つ目の課題である顧客体験を高める手法として、黎氏はこのソフトが「デジタル納車サービス」と呼ぶ機能を持つことを説明した。販売店の担当者は新車が店に到着すると、スマホで撮影した外観、内装、シャシーなどの画像から異常の有無を識別し、納車基準を満たしていることを確認する。新車のオーナーに対し、3D画像を使って運転上の注意などを視覚的に伝えられるほか、スマホのアプリで車両の状態のデータを共有できる。
さらに、このソフトでは自動車の不具合を予測する大規模言語モデル(LLM)を整備済みだ。すでに一つの車種につき700~800台、合計で300万台分の修理データを学習させている。例えば修理工場に「走行距離6万キロの車種A」が持ち込まれた場合、車種Aに関するAI分析に基づき、実際に車を検査する前から不具合をほぼ正確に予測できるのだという。黎氏は「このLLMが当社の最大の強みだ」と強調した。
スマホ撮影した画像データを直接LLMに学習させることも可能で、「この車種のこの部位がこの程度汚れると、こんな故障の発生確率が高まる」といった予測を整備士と共有する状態が実現する。すでに2億枚分の画像データを学習させており、作業をさぼっている整備士が過去に撮った画像などをソフトに送っても直ちに検出できるそうだ。黎氏が示した二つ目の課題である「整備士のスキルへの依存」からの脱却につながる。
また、修理工場は不具合の発生を高い確度で予想できるため、「自動車オーナーに対して修理を先回りして提案できるようになる」(黎氏)。つまり、三つ目の課題の解決法を提示することが可能になる。実際に、顧客企業である上海汽車集団と独フォルクスワーゲンの中国合弁会社が23年、このソフトを系列店140店舗で試験導入したところ、同年8月のアフターセールスの売上高(一台当たり)は導入前(同年1~3月の一か月平均)に比べ、39%増加する結果が出たという。
AutoX3は現在、AI-Empowered Vehicle Health Checkの顧客として上海汽車、奇瑞汽車、北京現代、福田汽車などのほか、マレーシアのプロトンなど完成車メーカー8社を抱える。メーカー系列を含む販売店3500店以上、修理工場約6000カ所で実際に使われている。国別では中国、シンガポール、マレーシア、英国、ノルウェー、アラブ首長国連邦で受注実績があるが、「このソフトは修理作業の透明度を高める効果があり、先進国の方が需要は大きい」(黎氏)と判断し、今後は欧州や日本で市場開拓を急ぐ。
現時点では、日本でこのソフトの販売実績はない。ただ、複数の日本自動車保険大手が関心を持ち、完成車メーカーや販売店・修理工場に採用を働きかけているという。黎氏は今年末までに日本で初受注を獲得できるめどが立っているほか、日本法人の設立を視野に入れていることも明らかにした。
(36Kr Japan編集部)
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