肥満によって透析治療が必要になりやすい腎臓の特徴を明らかに
-独自のネフロン・ポドサイト解析により、世界で初めて実証に成功-
東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科 春原浩太郎助教、坪井伸夫准教授らの研究グループは、独自に開発したネフロン・ポドサイト解析法を用いて、肥満による腎障害の程度に個人差が生じるメカニズムを世界で初めて臨床的に実証しました。本研究の成果により、肥満によって透析治療が必要になりやすい腎臓の特徴が明らかになるとともに、肥満の合併症としての慢性腎臓病*1の予防対策と治療法の開発に役立つものと期待されます。
・ 腎臓の糸球体*2毛細血管を束ねる上皮細胞であるポドサイトの数の差が肥満による腎障害の発症と進行に関与している可能性を見出しました。
・ 肥満関連糸球体症の中でもポドサイト密度が低いほど腎機能の低下が早く腎不全に至りやすいことを明らかにしました。
・ 早期の肥満関連糸球体症では、糸球体あたりのポドサイト数や糸球体容積あたりのポドサイトの密度の減少が、腎機能低下やネフロン数の減少よりも先に発生していることが分かりました。
一般に肥満は慢性腎臓病の要因となることが示されていますが、肥満患者の一部だけが蛋白尿や腎機能障害を発症する理由は十分に解明されていませんでした。また、ポドサイトや糸球体の減少は蛋白尿の原因や腎機能低下に関係すると考えられてきましたが、糸球体を覆うポドサイトの数を正確かつ簡便に測定することは困難でした。今回は以前の研究で独自に開発したネフロン・ポドサイト解析法を用い、肥満関連糸球体症と健康な腎臓でポドサイトの数と大きさを比較して初めて臨床的に実証しました。
今後は、肥満関連糸球体症以外の腎疾患にも関係するか否か、あるいは、腎臓への効果が証明されている薬剤がポドサイト指標に及ぼす影響などを検証する予定です。
今回の研究成果は、国際腎臓学会誌「Kidney International」に掲載されます(2024年7月24日)。
主要メンバー:
・東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 助教 春原浩太郎
・東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 准教授 坪井伸夫
・東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 教授 横尾隆
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東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 助教 春原浩太郎、准教授 坪井伸夫
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学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課 電話 03-5400-1280 メール koho@jikei.ac.jp
研究の詳細
研究内容
肥満は、わが国を含め世界中で、生活習慣病や死亡率増加に関連する重要な病態です。肥満は、高血圧や糖尿病などを介して慢性腎臓病の発症に関与する一方で、肥満自体が慢性腎臓病の原因となることがわかってきました。肥満による慢性腎臓病患者の一部は進行性の経過を示すため、腎生検*3による介入が行われるようになりました。このような経緯により、肥満関連糸球体症という肥満に特有の腎臓病の一型が認知されるようになりました。肥満関連糸球体症は、尿蛋白と緩徐に進行する腎機能障害を臨床的な特徴とします。病理組織学的に著しく腫大した糸球体が特徴的であり、ポドサイト傷害による分節性糸球体硬化を認めることもあります。治療としては、体重減量や食事療法を含む生活習慣の是正や降圧薬などの薬物療法を行うことが一般的です。しかし、これらの治療法に抵抗性を示し腎不全に至る例も多くおり、このような進行性の経過を規定する因子を解明することが求められています。
ネフロンは、腎臓の濾過機能を担う1ユニットです。腎臓ひとつ当たりのネフロンの数は、約60万から120万個と個体差が大きいうえに、加齢・高血圧・腎疾患などによってさらに減少し、慢性腎臓病の進展に深く関与しています。腎機能は、ネフロン数と単一ネフロン糸球体濾過量との積和で決定されるため、様々な原因によるネフロン数の減少に伴って、単一ネフロン糸球体濾過量が増加することで腎機能を代償すると考えられています。一方、この単一ネフロン糸球体濾過量増加は糸球体への負荷となり、糸球体障害やネフロン数減少によって、さらに単一ネフロン糸球体濾過量増加を招く悪循環が形成されます。これは「糸球体過剰濾過仮説」と呼ばれ、慢性腎臓病の進展過程に共通する背景理論として広く受け入れられています。
これまでに我々の研究グループでは、腎疾患症例においてネフロン(糸球体)数を推算する方法を確立し、この手法により早期の肥満関連糸球体症では糸球体過剰濾過が存在し、腎機能障害に関与することを示しました。しかしながら、発症早期の段階ではネフロン数の減少は認めず、なぜ一部の肥満者でのみ肥満関連糸球体症が発生するのかについて、根本的な原因は解明できませんでした。
このような研究経緯もあり、糸球体を構成する重要な細胞であるポドサイトに着目をしました。ポドサイトは、糸球体毛細血管を外側から束ねる上皮細胞で、腎臓の正常な濾過機能を維持するために不可欠とされます。一方、ポドサイトの脱落と減少は、持続性蛋白尿と糸球体硬化の原因となり、腎臓全体の不可逆な荒廃化への過程として進行性腎疾患に共通する過程と考えられています。しかし、糸球体毛細血管を覆うポドサイトは、複雑に入り組んだ構造をしているために、ポドサイトの数を正確かつ簡便に測定することは困難でした。我々は、腎組織一切片からポドサイトの数や大きさを計測する独自の方法を新たに確立することに成功しました。今回の研究でも、この方法を用いて肥満関連糸球体症例のポドサイトの数と大きさを計測しました。
その結果、
1) 腎機能が保持された早期の肥満関連糸球体症例では、肥満合併腎移植ドナー例と比較して、ネフロン数は同程度でしたが、糸球体あたりのポドサイト数と糸球体容積あたりのポドサイト数(ポドサイト密度)は既に少なくなっていました。
2) 肥満関連糸球体症例の中でも、腎生検時のポドサイト密度が低いほど、その後の腎機能低下が早く、腎予後が不良でした。一方で、ポドサイト数と腎予後との関連は認めませんでした。
3) 単一ネフロン糸球体濾過量は、ポドサイト密度と負の相関を認めましたが、ポドサイト数とは関連しませんでした。
以上の結果より、肥満関連糸球体症の発症にはポドサイトの相対的・絶対的な数の減少が、また、腎機能障害の進展にはポドサイト密度の減少が関与していることが明らかになりました。これらの結果は、肥満によって惹起される単一ネフロン過剰濾過とポドサイトの潜在的な数の不一致が本症の発症と進展に関与していることを示唆しています。
今後の展開
本研究の成果により、ネフロン数の減少に伴う単一ネフロン糸球体濾過量の増加が、さらなる糸球体障害およびネフロン数減少の悪循環を招くことが確認されました。腎生検を行った肥満関連糸球体症例では、ポドサイト密度に着目することで、腎不全進行のハイリスクと考えられる症例を効率的に識別し、より厳格な治療介入を計画することも可能になります。
本研究で調査した肥満関連糸球体症では、腎機能やネフロン数が保たれた段階で既にポドサイト数とポドサイト密度が少なくなるという特徴があり、中でもポドサイト密度が低い例は肥満による影響を受けやすく、腎予後が不良となることが明らかになりました。このような機能と形態の不一致による腎機能障害は、様々な臨床的状況においても想定することができます。今後は、糖尿病腎症、糸球体腎炎あるいはネフローゼ症候群などその他の腎疾患において、ネフロンやポドサイトの指標が病態や臨床像に如何に関わっているのかについて検証する予定です。
現在、慢性腎臓病の治療の中心となっている、減塩などの食事療法や腎保護効果が確認された薬物療法がネフロンやポドサイトの指標に及ぼす影響の解明や、最終的にはネフロンやポドサイトの指標を直接的な治療ターゲットとした慢性腎臓病の新規治療法の確立が期待されます。
研究費
本研究はJSPS科研費 JP 21K08238, JP22K16250の助成を受けたものです。
論文情報
タイトル:Podocyte density as a predictor of long-term kidney outcome in obesity-related glomerulopathy
著者:Kotaro Haruhara, Yusuke Okabayashi, Takaya Sasaki, Eisuke Kubo, Vivette D. D'Agati, John F. Bertram, Nobuo Tsuboi, and Takashi Yokoo
掲載雑誌:Kidney International
DOI:10.1016/j.kint.2024.05.025.
用語解説
1. 慢性腎臓病:尿異常,画像診断,血液,病理で腎障害の存在が明らか、または推定糸球体濾過量60 mL/分/1.73 m2以下が3か月以上続くことにより診断される。日本では、成人の約8人に1人が慢性腎臓病と診断されると推定されており、末期腎不全や心血管病のリスクとなる新たな国民病である。
2. 糸球体:毛細血管が糸球のように丸まった構造をしており、血液中の老廃物や余分な水分や塩分をふるいのように濾し出し(ろ過)し、原尿を作る。1つの腎臓に約60万から120万個の糸球体が存在する。正常な糸球体では、血管内の赤血球やたんぱく質などはろ過されず、きれいになった血液を腎臓から全身に戻している。
3. 腎生検:腎機能低下や蛋白尿・血尿の原因となる腎疾患の診断や予後予測、治療法決定のために腎臓から組織採取する手技のこと。
以上
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