発生・発がんを制御するHedgehogシグナルの新たな活性化機構と責任分子(リン酸化酵素:DYRK2)を同定
~希少がんを対象に含む次世代抗がん剤創薬への新たな道を開く~
東京慈恵会医科大学 生化学講座の吉田彩舟講師(現 東邦大学 理学部)と吉田清嗣教授らの研究グループは、京都大学ならびに東邦大学と共同で、発生や発がんを制御するHedgehogシグナルの新たな活性化機構とその責任分子(リン酸化酵素:DYRK2)を同定しました。 Hedgehogシグナルの異常活性化は、奇形疾患の発症だけでなく、基底細胞がんや髄芽腫をはじめとする腫瘍形成を促進します。現在、2種類のHedgehog阻害薬が、アメリカ食品医薬品局(FDA)に承認され、抗がん剤として使用されています。しかし、これら現行薬は、標的とするSmoothened (SMO)(注2)遺伝子に対し、投与患者の約20%で、薬剤耐性、かつ、がんを促進する遺伝子変異を誘導します。したがって、これら変異を獲得した患者では、現行薬が不応となることが問題となっていました。 また、SMOよりも下流の制御機序の解明が、新たな創薬ターゲットの創出につながると考えられますが、その内部のメカニズムは明らかにされていませんでした。
本研究成果の概要
本研究では、複数のオミックス解析(注3)を駆使し、ブラックボックスであったSMO下流のHedgehogシグナル活性化機構とその責任分子(リン酸化酵素:DYRK2)の解明に成功しました。発生や奇形疾患に関わるHedgehogシグナルの基礎的理解のみならず、現行薬不応な変異を有するがん患者にも有効な「次世代Hedgehog阻害薬(抗がん剤)」の開発へ応用が期待されます。
本研究から得られた主な成果は以下のものです。
・ 一次繊毛(注4)に局在するリン酸化酵素DYRK2が、Hedgehogシグナルの活性化に強く寄与することを見出しました。
・ Hedgehogリガンド刺激によるSMOの活性化に依存して、DYRK2はHedgehogシグナル制御の中核を担う転写因子GLI2/GLI3をリン酸化することを見出しました。
・ DYRK2によるリン酸化は、GLI2/GLI3を活性型への変換と核移行を促進し、Hedgehogシグナルを活性化することを明らかにしました。
・ 細胞増殖の低下に起因した奇形を示すDyrk2ノックアウトマウスの初代培養細胞に対し、DYRK2によるリン酸化をミミックしたGLI2遺伝を導入することで、Hedgehogシグナルと細胞増殖の回復を誘導することに成功しました。
今後の取り組み
今回の研究成果に基づき、次世代Hedgehog阻害薬の開発に向け、「AMED橋渡し研究プログラム慶應拠点シーズA (代表:吉田彩舟)」の支援のもと研究を展開しています。
本研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」
に7月5日に掲載されました。
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル:Positive regulation of Hedgehog signaling via phosphorylation of GLI2/GLI3 by DYRK2 kinase
Doi: 10.1073/pnas.2320070121.
著者:Saishu Yoshida (吉田彩舟)1,*, Akira Kawamura (河村明良)1, Katsuhiko Aoki (青木勝彦)2, Pattama Wiriyasermkul3,4, Shinya Sugimoto (杉本真也)5,6,7, Junnosuke Tomiyoshi (富吉淳之介)1, Ayasa Tajima (田島彩沙)3,8, Yamato Ishida (石田大和)9, Yohei Katoh (加藤洋平)9, Takehiro Tsukada (塚田岳大)10, Yousuke Tsuneoka (恒岡洋右)11, Kohji Yamada (山田幸司)1, Shushi Nagamori (永森收志)3,4, Kazuhisa Nakayama (中山和久)9, and Kiyotsugu Yoshida (吉田清嗣)1,*
*責任著者
1 東京慈恵会医科大学 生化学講座
2 東京慈恵会医科大学 アイソトープ実験研究施設
3 東京慈恵会医科大学 SI医学応用研究センター
4 東京慈恵会医科大学 臨床検査医学講座
5 東京慈恵会医科大学 細菌学講座
6 東京慈恵会医科大学 バイオフィルム研究センター
7 東京慈恵会医科大学 アミロイド制御研究室
8 東京慈恵会医科大学 分子生物学講座
9 京都大学大学院 薬学研究科
10 東邦大学 理学部 生物分子科学科
11 東邦大学 医学部 解剖学講座微細形態学部門
本研究の一部は、文部科学省科学研究補助金(基盤研究B、基盤研究C、挑戦的研究[萌芽])、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、山口内分泌疾患研究振興財団、東京慈恵会医科大学などの助成を受けて行われました。
【本研究内容についてのお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物分子科学科・講師・吉田彩舟
電話 047-472-1158 メールsaishu.yoshida@sci.toho-u.ac.jp
【報道機関からのお問い合わせ窓口】
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課
電話 03-5400-1280 メール koho@jikei.ac.jp
京都大学京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
電話 075-753-5728 FAX 075-753-2094 メール comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
電話 03-5763-6583 メール press@toho-u.ac.jp
【用語説明】
(注1) Hedgehog(Hh)シグナル
正常な組織発生に必須で、ショウジョウバエからヒトまで進化的に保存されたシグナル系。哺乳類では、受容体が一次繊毛上に存在し、一次繊毛に強く依存した伝達様式を示す。組織発生だけでなく、生後は発がんにも関与する。
(注2) Smoothened (SMO)
Hedgehogシグナルの活性化に関わり、構造類似性からGタンパク質共役受容体(GPCR)に分類される7回膜貫通タンパク質。Hedgehogリガンドが別の膜貫通型タンパク質であるPatchedに結合することで、SMOが一次繊毛にリクルートされる。FDAで承認されている現行のHedgehog阻害薬(Vismodegib, Sonidegib)の標的分子である。
(注3) オミックス(omics)解析
生体内分子を網羅的に解析すること。本研究では、転写物mRNAを対象とする「トランスクリプトーム」、ならびに、タンパク質を中心とした生体内分子間の相互作用を対象とする「インタラクトーム」を実施。
(注4) 一次繊毛
ほぼ全ての細胞に存在する突起状の細胞小器官(オルガネラ)。Hedgehogシグナルを含む、多くの受容体が局在し、細胞が外部環境を感知するアンテナとしての機能を担っている。
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研究の詳細
【背景】
Hedgehog(Hh)シグナルは、発生過程において重要な役割を担います。その異常な活性化は、奇形疾患のみならず、広域ながん種において、発がんを促進することが知られています。特に、基底細胞がんや小児の希少がんである髄芽腫は、代表的なHedgehogシグナル依存性のがんとして理解されています。
現在、抗がん剤としてHedgehogシグナル阻害薬であるVismodegib (2012年承認)とSonidegib (2015年承認)が 、 FDAで承認されています。これら現行薬は、Gタンパク質共役受容体であるSmoothened (SMO)を標的とし、強力な抗腫瘍効果を示します。しかし、投与患者の約20%において、数年以内に「薬剤耐性かつOncogenicなSMO遺伝子変異」を誘導することが明らかになってきました。したがって、これら現行薬不応の変異を有する患者に対しても、有効な治療薬の開発が求められています。
Hedgehogシグナル経路のブラックボックス
Hedgehogシグナルの中核的な制御は「転写因子GLI2/GLI3」が担っています。これまでの研究から、Hedgehogシグナルの「抑制機序」は分子レベルで詳細に解明されてきました。しかし、「活性化機序」は不明な点が多く、特に、活性化したSMOの下流で、GLI2/GLI3を活性型に変換する機序、ならびにその責任分子は未解明であり、ブラックボックスとして提唱されていました。
ブラックボックスであるSMO下流のHedgehogシグナル活性化機構とその責任分子の解明が、SMOの変異に依存しない新たなHedgehog阻害薬の創薬シーズを生み出すと考えられます。
【研究手法と成果】
そこで、本研究では、トランスクリプトームやインタラクトーム解析を組み合わせたマルチオミックス解析を駆使し、Hedgehogシグナル活性化機構におけるブラックボックスの解消を目指しました。
本研究から得られた主な成果は以下のものです。
・ トランスクリプトーム解析ならびにノックアウトマウスを用いた解析から、一次繊毛(注4)に局在する分子の中でも、リン酸化酵素DYRK2がHedgehogシグナルの活性化に強く寄与することを見出しました。
・ インタラクトーム解析から、DYRK2のリン酸化基質として、Hedgehogシグナル制御の中核を担う転写因子GLI2/GLI3を同定しました。さらに、GLI2/GLI3分子内の進化的に保存されたリン酸化サイト(GLI2S252/GLI3S313)を同定しました。
・ DYRK2によるGLI2/GLI3のリン酸化は、Hedgehogリガンド刺激によるSMOの活性化に依存して誘導されることを見出しました。
・ リン酸化GLI2S252/GLI3S313の生物学的意義を解析した結果、DYRK2によるリン酸化は、GLI2/GLI3から抑制性のアダプターであるSUFUを解離させ、活性型GLI2/GLI3として核移行を促進し、Hedgehogシグナルを活性化することを明らかにしました。
・ Dyrk2ノックアウトマウスは細胞増殖の低下に起因した四肢の低形成を示します。そこで、Dyrk2ノックアウトマウスの四肢原基から調製した初代培養細胞に、GLI2S252のリン酸化をミミックしたコンストラクトを発現させることで、細胞増殖が回復することを確認しました。
以上のことから、DYRK2は、Hedgehogリガンド依存的に、SMO下流でGLI2/GLI3の活性型変換と核移行を促進し、Hedgehogシグナルを活性化する新規な制御因子であることを明らかにしました。
【今後の応用、展開】
本研究から、ブラックボックスであったSMO下流のHedgehogシグナル活性化機構とその責任分子DYRK2を同定しました。発生や奇形疾患に重要なHedgehogシグナル伝達経路の基礎的原理の理解に貢献することが期待されます。
さらに、現行のHedgehog阻害薬は、薬剤耐性ならびにOncogenicなSMO遺伝子変異を誘導するという問題点があります。本研究で明らかとなったSMO下流のHedgehog活性化機構を標的とすることで、現行薬へ不応な変異を有する患者にも有効な「次世代のHedgehog阻害薬開発」が可能になると期待されます。
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