ポリマー結合型の新規抗がん剤を研究開発
-アンスラサイクリン系抗がん剤をがん組織へ選択的に集積・作用-
東レ株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役社長:大矢 光雄、以下「東レ」)は、東京慈恵会医科大学 疼痛制御研究講座(所在地:東京都港区、教授:上園 保仁、以下「慈恵医大」)、および学校法人帝京大学(所在地:東京都板橋区、理事長・学長:冲永 佳史、以下「帝京大学」)それぞれと共同で行った非臨床研究において、ポリマー結合型抗がん剤(コード名:TXB-001)が、複数の固形がん種に対して強い抗がん作用を示すこと、さらに、既存のアンスラサイクリン系抗がん剤※1に認められる心毒性※2をはじめとした複数の毒性が顕著に低減することを確認しました。 なお、これらの研究成果は、2024年4月5日から10日に米国サンディエゴにて開催されている米国癌学会(American Association for Cancer Research)の年会で、東レが代表で発表しました。また、研究成果の一部は、2024年4月発行の「Toxicology and Applied Pharmacology」485号に掲載される予定です。
近年、がん治療においては、抗体医薬品などの分子標的薬※3が注目されています。少ない副作用でより高い治療効果を期待できる一方で、効果が得られにくいがん種もあるため、現状では多くのがん患者様に化学療法剤が使用されています。化学療法剤は、がん細胞だけでなく、正常細胞にも作用するため副作用が生じ、患者様のQOL※4が著しく低下するケースや、重篤な場合は治療継続が困難となるケースがあります。代表的な化学療法剤であり、世界で約10億米ドルの市場を持つアンスラサイクリン系抗がん剤には、抗がん剤の累積投与量の制限に繋がる心毒性のほか、高頻度で発現する脱毛や手足症候群※5といった副作用があります1)。
東レが研究開発を進めるTXB-001は、活性本体であるアンスラサイクリン系抗がん剤に、機能リンカーを介してポリマーを結合させた新規抗がん剤です。故・前田浩 熊本大学名誉教授が基本的な化合物設計をされ、その後、東レにおいてポリマー複合体の合成や分析の技術を駆使することで、活性本体の医薬品質を損なわずポリマーへ結合する製造法を確立しました。
TXB-001はシンプルな構造でありながら、ドラッグデリバリーシステム※6として薬物をがん組織へ選択的に集積させ、作用させる仕組みが付与されています。今回の、東レとそれぞれの大学との共同研究では、帝京大学を中心に、トリプルネガティブ乳がん※7や膵がんといった、分子標的薬が効きにくく悪性度の高いがん種の動物モデルにおいて、TXB-001の強い抗がん効果を確認しました。さらに、慈恵医大を中心に、心毒性について心エコー検査や血液検査などを行い精査した結果、TXB-001は既存のアンスラサイクリン系抗がん剤とは異なり、有効用量を投与しても心臓へ悪影響を及ぼさないことを実験動物において実証しました。また、心毒性に加え、脱毛や手足症候群についても、TXB-001では低減することを、実験動物を用いた病理組織検査により明らかにしました。TXB-001は従来のアンスラサイクリン系抗がん剤の副作用リスクを低減し、分子標的薬が効きにくいがん種への有効性を示す、がん治療の新たな選択肢となる可能性があります。
一日でも早く患者様へTXB-001を届けるべく、東レは、臨床開発を推進していく提携先の探索を現在進めており、2030年代の実用化を目指します。
<用語説明>
※1 アンスラサイクリン系抗がん剤
乳がん・卵巣がん・血液腫瘍など多くのがん種に対する標準治療に用いられる抗がん剤。がん細胞だけでなく正常な細胞にも作用するため副作用を伴う。
※2 心毒性
薬物などの投与により心臓に生じる心不全、虚血性心疾患、高血圧、血栓塞栓症、不整脈などのこと。アンスラサイクリン系抗がん剤には心毒性の副作用があるため、累積投与量が制限されている。
※3 分子標的薬
病気の原因となっている特定の分子に選択的に作用するように設計された治療薬のこと。がん細胞などのたんぱく質や遺伝子をターゲットとして効率よく攻撃するため、副作用を抑えながら治療効果が期待される。
※4 QOL (Quality of life:クオリティ オブ ライフ)
治療や療養生活を送る患者さんの肉体的、精神的、社会的、経済的、すべてを含めた生活の質を意味する。病気による症状や治療の副作用などによって、患者さんは治療前と同じようには生活できなくなることがある。
※5 手足症候群
抗がん剤によって手や足の皮膚の細胞が障害されることで起こる副作用。手足の「しびれ」「痛み」などの感覚の異常や、手足皮膚の「赤み」「むくみ」「色素沈着」などが主な症状である。
※6 ドラッグデリバリーシステム
有効性を高めて副作用を減らすために、薬物を体内の特定の部位に送り届ける技術。
※7 トリプルネガティブ乳がん
エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2の3つの治療標的分子が全て発現しておらず、分子標的薬による有効な治療法が確立されていない、最も予後が悪い乳がん。
<引用文献>
1) アンスラサイクリン系抗がん剤の添付文書
以上
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