Pax3遺伝子の欠失が聴覚に必須なメラノサイトの多様な細胞数減少を引き起こすことを発見
-ワーデンブルグ症候群の先天性難聴に対する遺伝子治療への応用に期待-
東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科学講座 宇田川友克講師、高橋恵里沙大学院生、小島博己教授らと解剖学講座 辰巳徳史講師、岡部正隆教授らは、米国スタンフォード大学 耳鼻咽喉科頭頸部外科学教室 Alan G. Cheng教授、国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター 聴覚・平衡覚研究部 松永達雄部長、東邦大学 耳鼻咽喉科 吉川衛教授らとの共同研究により、マウスPax3遺伝子が欠失すると、胎生後期において蝸牛メラノサイトが減少することを明らかにしました(下図:Graphic Abstract)。さらに、この蝸牛メラノサイトの減少数は個々に、また、局所ごとにばらつき(多様性)があることを見出しました。 これらの研究成果はヒトPAX3遺伝子が蝸牛メラノサイトの正常発生に必要であり、その欠如がPAX3遺伝子変異によるワーデンブルグ症候群患者が罹患する先天性難聴の一因となることを示唆しています。
本研究の成果は1月26日に英国科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
https://www.nature.com/articles/s41598-024-52629-9
ワーデンブルグ症候群とは
ワーデンブルグ症候群とは虹彩異色症、髪や皮膚の斑状の色素沈着、そして、重度の感音難聴を特徴とする先天性疾患であり、合併する症状に応じて1-4 型が存在します。1-4 型のうち、ヒトPAX3遺伝子は虹彩異色症、髪や皮膚の斑状の色素沈着、そして、重度の感音難聴を特徴とするワーデンブルグ症候群1 型や、1 型の表現型に上肢発生異常を合併するワーデンブルグ症候群3型の原因となります。
研究の詳細
1.背景
マウスPax3遺伝子(ヒトPAX3遺伝子)は目や髪、皮膚、神経管、頭蓋骨、顔、内耳などの多くの器官発生に重要な役割を演じている神経堤細胞の分化誘導を調節します。胎児期に神経堤細胞を含むPax3陽性神経上皮細胞は内耳の原基である耳胞に遊走し、発生中の蝸牛でメラノサイトとグリア細胞に分化します。
ヒトPAX3遺伝子のヘテロ接合変異は虹彩異色症、髪や皮膚の斑状の色素沈着、そして、重度の感音難聴を特徴とするワーデンブルグ症候群1 型を引き起こします。また、PAX3ホモ接合変異はワーデンブルグ症候群1 型の表現型に上肢発生異常を合併するワーデンブルグ症候群3型を引き起こします。
以前より、マウスPax3遺伝子の欠失は発生中の血管条中間細胞(メラノサイト)を含むPax3陽性細胞由来の細胞発生を妨げると仮定されてきましたが、その病態メカニズムは未だ十分に明らかになっていません。一方、正常発生学的な研究では、最近、細胞運命マッピング実験により、血管条中間細胞(メラノサイト)には2つの起源(神経堤細胞に由来するメラノブラストとシュワン細胞前駆細胞)が存在することが報告されました。
2.手法
本研究では、Pax3陽性細胞の運命マッピングとPax3遺伝子の完全欠失を可能にするPax3-Creノックインマウスを用いて、Pax3遺伝子の完全な欠失が発生中の蝸牛におけるメラノサイト(血管条中間細胞)の発生を妨げるかを調査しました。なお、Pax3Cre/Creホモ接合マウスは周産期までに致死となるため、出生直前(E18.5)までの胎仔を解析対象としました。
3.成果
Pax3ノックアウトマウスは胎生後期に蝸牛と前庭の発生異常を呈する
Pax3Cre/+ ヘテロ接合マウス成獣雌雄の交雑(E18.5:出生直前の胎仔)の遺伝子型解析を目的にPCR検査をおこなった結果、母親7腹から27匹の野生型胎仔(Wildtype)、37匹のヘテロ接合胎仔(Pax3Cre/+)、14匹のホモ接合胎仔(Pax3Cre/Cre)に分類されました(図1A-D)。また、14匹のPax3Cre/Creホモ接合胎仔のうち、8匹は軽度の発生異常(主に尾部二分脊椎のみ)(図1C)、6匹は重度の発生異常(比較的小さく、外脳症、尾部二分脊椎を合併)を呈していました(図1D)。
図1. Pax3ノックアウトマウス体の表現型。矢じり、二分脊椎。矢印、外脳症。
Pax3Cre/Cre ホモ接合マウスの内耳形態を調べるために、蝸牛に白色ペンキを注入する実験をおこないました。軽度の発生異常を呈したE15.5 Pax3Cre/Cre ホモ接合マウスの内耳は若干小さかったことを除き、野生型対照とほぼ同様の形態を示しました(図2A-B)。一方、重度の発生異常を呈したPax3Cre/Cre ホモ接合マウスは、未発達の三半規管、痕跡的な内リンパ管、短縮された蝸牛管など、前庭器官と蝸牛の両方に奇形が認められました(図2C)。同様に、E18.5では重度の表現型を有するPax3Cre/Cre ホモ接合マウス内耳は野生型、Pax3Cre/+ ヘテロ接合マウスおよび軽度の表現型を有するPax3Cre/Cre ホモ接合マウスよりも内耳が著しく小さいことがわかりました(図2D-G)。これらの結果より、Pax3Cre/Cre ホモ接合マウス内耳の形態発生は軽度の表現型では概ね正常ですが、重度の表現型では極度の発生異常を呈することが明らかとなりました。
図2. Pax3ノックアウトマウス内耳の表現型。IE、内耳。CD、蝸牛管。U、卵形嚢。S、球形嚢。AC、前半規管膨大部。PC、後半規管膨大部。LC、外側半規管膨大部。ASC、前半規管。PSC、後半規管。LSC、外側半規管。CC、総脚。ED、内リンパ管。ES、内リンパ嚢。D、背側。P、後側。Co、蝸牛。Ve、前庭器官。
一部のPax3陽性細胞由来の細胞はPax3ノックアウト蝸牛の血管条中間細胞として発生分布する
細胞の局在を検証する免疫染色化学実験をおこなった結果、E18.5のPax3Cre/+ ヘテロ接合マウスとPax3Cre/Cre ホモ接合マウスの双方の蝸牛ラセン神経節領域にPax3Cre-EGFP+ 細胞を発見しました(図3A-B)。過去に、Pax3Cre/Cre ホモ接合マウス蝸牛では胎生中期に相当するE15.5ではPax3陽性細胞由来の細胞とDct+ 蝸牛メラノサイトが完全に欠失していることが示されていましたが、その後の発生異常については明らかとなっていませんでした。最近、神経堤細胞に由来するシュワン細胞前駆細胞がE15.5以降に遊走、分化して血管条中間細胞(メラノサイト)が発生することが報告されたため、われわれはPax3Cre/Cre ホモ接合マウス蝸牛においてもシュワン細胞前駆細胞がE15.5以降に若干の蝸牛メラノサイトとして分化発生する、という仮説を立てました。これを証明するため、E18.5 Pax3Cre/Cre ホモ接合マウス蝸牛の血管条におけるPax3陽性細胞由来の細胞の分布を解析しました。Kcnq1は辺縁細胞のマーカーであり、S100は血管条の辺縁細胞と中間細胞の両方をマークします。Pax3Cre/+ ヘテロ接合マウス蝸牛では、すべての蝸牛回転において、血管条のKcnq1+ S100+ 辺縁細胞に隣接して多くのS100+ Pax3Cre-EGFP+ 血管条中間細胞(メラノサイト)が検出されました(図3A)。対照的に、軽度の表現型を持つE18.5 Pax3Cre/Cre ホモ接合マウス蝸牛では、血管条頂回転において S100+Pax3Cre-EGFP+ メラノサイトが稀に検出されるか、まったく検出されませんでした(図3B)。
次に、血管条中間細胞の数を定量し、E18.5におけるPax3Cre/Cre ホモ接合マウス(軽度表現型)蝸牛とPax3Cre/+ ヘテロ接合マウスまたは野生型蝸牛の蝸牛を比較しました。各蝸牛ターンにおいて、軽度の表現型を有するPax3Cre/Cre ホモ接合マウスの血管条は、Pax3Cre/+ ヘテロ接合マウスよりもS100+Pax3Cre-EGFP+ メラノサイトの細胞数が顕著に少なくなっていました。さらに、S100+Pax3Cre-EGFP+ メラノサイトの細胞数は基底回転と比較して頂回転では有意に減少していました (図3C)。これらのデータは、Pax3 の喪失により蝸牛の血管条中間細胞(メラノサイト)の正常な発生が阻害され、蝸牛の頂回転および中回転は基底回転よりも深刻な影響を受けることを示唆しています。
図3. Pax3ノックアウトマウス蝸牛におけるPax3陽性細胞由来の細胞分布。StV、血管条。OC、コルチ器官。SG、ラセン神経節。GER、大上皮隆起。データは平均値±標準偏差を表す。*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001(Tukey の多重比較検定による二元配置分散分析)。n=3~6。
Pax3ノックアウト胎仔における血管条メラノサイトの分化と局在の検証
Pax3Cre/Cre ホモ接合マウスにおいて蝸牛メラノサイトが分化しているかどうか、in situ ハイブリダイゼーションをおこないました。その結果、メラノサイトの代表的な分化マーカー遺伝子であるDct mRNAはE18.5野生型マウス蝸牛のすべての領域(Apex:頂回転、Mid-Apex:中-頂回転、Mid-Base:中-基底回転、Base:基底回転)で発現していました(図4A)。対照的に、Pax3Cre/Cre ホモ接合マウス蝸牛(軽度表現型)では、すべての領域でDct+ メラノサイトが著しく少なく、頂回転で最も減少していました(図4B、C)。さらに、Dct+ メラノサイトの細胞数は基底回転と比較して頂回転、中-頂回転において有意に減少していることがわかりました (図4C)。以上のデータを総合すると、Pax3遺伝子の欠失が蝸牛メラノサイトの正常発生を阻害していることが示唆されました。
図4. 胎生後期におけるPax3ノックアウトマウス蝸牛におけるメラノサイトの分布。StV、血管条。データは平均値±標準偏差を表す。*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001(Tukeyの多重比較検定による二元配置分散分析)。n=6~7。
4.今後の応用
我々のデータは「マウスPax3遺伝子の機能不全によって引き起こされる先天異常として、神経堤細胞由来である聴覚必須の蝸牛メラノサイトは減少し、かつ、その減少数には個々に、また、局所ごとにばらつきがある」ことを示しました。さらに、「Pax3遺伝子を欠失している神経堤細胞も血管条に遊走すれば、メラノサイトとして分化できる」ことを明らかにしました。神経堤細胞から発生中のヒト蝸牛メラノサイトはワーデンブルグ症候群の難聴遺伝子治療の主要な標的細胞と考えられています。今回の我々の研究成果は、ワーデンブルグ症候群患者が罹患する先天性難聴に対する遺伝子治療を開発するための研究に役立つと考えられます。
5.用語説明
血管条中間細胞:聴覚機能に必要な蝸牛管の内リンパ高電位を産生する蝸牛内のメラノサイト(色素細胞)。皮膚のメラノサイトはメラニン色素の合成に関与している。
以上
【論文詳細】
論文タイトル:Loss of Pax3 causes reduction of melanocytes in the developing mouse cochlea
著者:Tomokatsu Udagawa(宇田川友克)1,2,3,†,*, Erisa Takahashi(高橋恵里沙)1,2,†, Norifumi Tatsumi(辰巳徳史)2, Hideki Mutai(務台英樹)4, Hiroki Saijo(西條広起)2, Yuko Kondo(近藤悠子)1, Patrick J. Atkinson5, Tatsuo Matsunaga(松永達雄)4, Mamoru Yoshikawa(吉川衛)3, Hiromi Kojima(小島博己)1, Masataka Okabe(岡部正隆)2, Alan G. Cheng5
1Department of Otorhinolaryngology, The Jikei University School of Medicine (東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科学教室)
2Department of Anatomy, The Jikei University School of Medicine (東京慈恵会医科大学 解剖学講座)
3Department of Otorhinolaryngology, Toho University School of Medicine (東邦大学 耳鼻咽喉科)
4Division Hearing and Balance Research, National Institute of Sensory Organs, NHO Tokyo Medical Center (国立病院機構 東京医療センター 臨床研究センター 聴覚・平衡覚研究部)
5Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Stanford University School of Medicine
†These authors contributed equally to this work
*Corresponding author
This work was supported by a Grant-in-Aid for Young Scientists from the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology, Japan, KAKENHI (25861596) (T.U.), (20K22986) (E.T.), (20890228) (N.T) and NIDCD/NIH RO1DC021110 (A.G.C.).
【本研究内容についてのお問い合わせ先】
東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科学講座 講師 宇田川友克
電話 03-3433-1111(代)
【報道機関からのお問い合わせ窓口】
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課
電話 03-5400-1280
メール koho@jikei.ac.jp
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