行動タスクに応じて正負の情動価を調節する経路を発見
〜 内的・外的環境による情動価の変容を担う中枢基盤の解明に期待 〜
東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター臨床医学研究所の永嶋宇助教と渡部文子教授らは、マウスの脳幹にある外側腕傍核 (PB)から中脳の腹側被蓋野(VTA)への経路が、行動タスクに応じて正と負の情動シグナルを伝達することを発見しました。また、腹側被蓋野の抑制性細胞が、回避行動を制御する負の情動シグナルを抑制していることも発見し、回路レベルから個体レベルに至る知見を見出しました。今後、情動価の変容を生み出す神経回路メカニズムの解明が大きく進歩し、情動制御障害などの治療法開発が期待されます。 本研究成果は、2023 年11月29日に国際科学誌「Frontiers in Neural Circuits」“Global Excellence in Neural Circuits: East Asia & Australasia”特集号に掲載されました。
【研究成果、ポイント】
- PB–VTA経路の活性化により自発的な行動が促進され、PB–VTA経路が正の情動シグナルに関与することを発見しました
- 別の行動タスクでは、PB–VTA経路の活性化によって個体ごとに異なる行動パータンが検出され、PB–VTA経路が正負の情動シグナルを伝達することが示されました
- 同一個体でも、行動タスクに応じてPB–VTA経路が正負の情動シグナルを伝達することを発見しました
- VTAの抑制性細胞がPB–VTA経路による負の情動シグナルを調節することを発見しました
本研究は、AMED脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(Brain/MINDS))、CRESTオプトバイオ研究領域、JST(Moonshot R and D)および日本学術振興会科学研究費の支援を受けたものです。
論文情報
論文タイトル:State-dependent modulation of positive and negative affective valences by a parabrachial nucleus-to-ventral tegmental area pathway in mice
著者:永嶋宇1, 三上香織1, 遠山卓1, 今野歩2, 3, 平井宏和2, 3, 渡部文子1*(*責任著者)
1 東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所
2 群馬大学医学系研究科
3 群馬大学未来先端研究機構 ウイルスベクター開発研究センター
掲載先:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fncir.2023.1273322/full
お問い合わせ先
【本研究内容についてのお問い合わせ先】
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所 教授 渡部文子(わたべ あやこ)
電話 04-7164-1111(代表) メール awatabe@jikei.ac.jp
【報道機関からのお問い合わせ窓口】
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課 電話 03-5400-1280 メール koho@jikei.ac.jp
研究の詳細
1. 背景
状態に応じて的確に行動を調節することは生物の生存に重要です。ヒトや動物の行動は外的・内的状態に応じた感覚シグナルの情動的価値と密接に関係しています。これまでに我々は、脳幹の橋にある外側腕傍核 (PB)が恐怖や痛みのシグナルを中継し、PBから扁桃体や傍視床下核への経路における人工的回路操作が負の情動を誘発することを見出してきました(Nagase et al., 2019; Ito et al., 2021; Nagashima et al., 2022)。さらに、正の情動に関与するうま味の味覚シグナルをPBが伝達することも明らかにしてきました(Hamada et al., 2023)。これらのことから、PBは正負の情動シグナルを伝達することが示唆されていました。そこで、本研究では、PBによる正負の情動シグナルの下流回路メカニズムを明らかにするため、PBの主要な投射先の1つである腹側被蓋野(VTA)への経路に着目しました。
2. 手法と成果
状態依存的な情動価の制御におけるPB–VTA 経路の役割を明らかにするため、同一個体を用いて異なる行動タスクをPB–VTA 経路への光遺伝学的介入操作とともに実施しました。その結果、PB–VTA経路は、オペラントタスクでは、正の情動シグナルを伝達し、場所嫌悪タスクでは、正または負の情動シグナルを伝達しうることが明らかになりました。さらに、群馬大学の平井宏和教授と今野歩講師から供与いただいたAAV-mGAD65-Creを用いてVTAの抑制性細胞を薬理遺伝学的に抑制した実験を行い、VTAの抑制性細胞が、PB–VTA経路による負の情動シグナルを調節していることが明らかになりました。
3. 今後の応用、展開
本研究では PB–VTA経路が、行動タスクに応じて正負の情動価の調節に関わることを発見しました。ヒトや動物における外的・内的状態に依存した情報処理基盤の解明に繋がることが期待されます。さらに、今回着目した PBや VTAといった脳皮質下領域はマウスのみならずヒトにも存在します。多様な疾患で見られる情動制御障害などのメカニズムの解明や治療法の開発にも繋がる基礎研究に貢献できる可能性が考えられます。
4. 用語説明
- Lateral parabrachial nucleus (PB):外側腕傍核。脳幹の橋(きょう)という領域に存在する神経核。痛みや 温度、睡眠や呼吸、飢餓感など多様な感覚情報に関与することが知られています。
- Ventral tegmental area (VTA):腹側被蓋野。ドーパミン神経や抑制性神経が存在する領域で、正負の情動シグナルとの関連が報告されています。
- 光遺伝学:微生物から単離されたイオンチャネル型の光活性化タンパク質(チャネルロドプシン)を神経細胞に発現させて光を照射することにより、神経細胞活動の亢進や抑制を人工的に操作することができる手法です。
- 薬理遺伝学:神経細胞に人工受容体(DREADD)を発現させて特異的なリガンド(CNOなど)を投与することにより、神経細胞活動の亢進や抑制を人工的に操作することができる手法です。
本プレスリリースの図は原著論文の「図 1, 2」を改変したものを使用しています。
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